記憶力以外の作用

言葉は不思議なもので、記憶すれば習得できるという単純なものではありません。この事実に気付いていた過去の偉人に、本居宣長がいます。本居宣長は江戸時代に生きた国学者ですが、「古事記」の研究者として高名です。彼は「古事記」の中に言葉、こと、心を見出し、そのいずれもが不可分であることを論じました。彼の主張は語学学習に応用できる素地を孕んでおり、現代人として感服する他ありません。もちろん彼はナショナリストでしたから、外国語の学習を勧めたわけでもなく、国学の範囲で展開したわけですが、それでも「言葉」という共通要素に対する洞察は違えておらず、我々が学び取るべきところは大きいのです。
 本居宣長の主張は、言葉、こと、心の不可分な関係性でした。「こと」は分かり辛いかもしれませんが、事物、概念を指しています。英語学習に多いのは、「こと」の理解を後回しにしてしまう人たちです。つまり発音や文法は必死に覚えようとするものの、英語の背景である教養を身に付けることを疎かにしてしまう人が少なくないのです。教養の無い人が英語の文法を覚えても意味がありません。人生にとって何の効用も発生しないでしょう。例えば英語の発音を教科書で微に入り細を穿ち学んだとしましょう。その人が英語圏の政治や経済に無頓着だったり、民族性や地理に関して何の知識も持ち合わせていなかったりすると、英語と言う宝の持ち腐れになってしまうのです。